絵文字リアクションをした市民を処罰することは、行政権の濫用を示す証左である。

私たちは今、笑いが突然「国家安全保障への脅威」になってしまう時代に生きている。フエ市公安が大々的に動員をかけ、専門部門から末端の地域レベルに至るまで総力を挙げて、SNS上でうっかり「haha」「like」「share」といったリアクションをした45人の市民を「摘発」し、見せしめのように警告したという出来事は、統治システムが演じる最も暗いブラックコメディの一幕である。人々は、治安機構が国家転覆の大事件でも摘発しているのかと思いきや、実際には一般市民のたった一つの仮想ボタンにおびえて震えていたにすぎない。

盛んに宣伝されてきた、いわゆる「飛躍の時代」は、結局のところ、市民がネットを閲覧するたびに背筋を凍らせる震えから始まったようなものだ。デジタル空間における無害な反応行為を刑事化・行政処分化することは、きわめて巧妙な精神的威圧の戦術であり、誰もが画面に触れる前に、自分の脳内に「自己検閲装置」を作動させるよう強いるものである。

市民の情報にアクセスする権利や態度を表明する権利を、「認識不足」だと決めつけることによって、行政当局は社会の独立した思考の権利を公然と奪っている。ひとつの政体が、Facebook上の皮肉を込めた笑いを封じ込めるためにまで、威圧や召喚命令に頼らなければならないのだとすれば、それは強さの表れではない。むしろ、極度の不安の表出であり、進歩的な社会にとっての痛ましい後退なのである。